biography

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CRAZY KEN BAND クレイジーケンバンド

1997年の春頃、横浜本牧の伝説的スポット「イタリアンガーデン」にてヌルッと発生。
“歌うメロディー・メイカー”横山剣の脳内に鳴りまくってるゴキゲンにソウルフルな音楽をブレなく再生する事のできる東洋一のサウンド・マシーン!

クレイジーケンバンド1997年の動き

1997年
TOPIC&LIVE関連---------

●2月、六本木バレンタインでのライヴを最後にCK'Sは惜しまれつつも解散。
●2月、本牧イタリアンガーデンに偶然、居合わせた横山剣、廣石恵一、小野瀬雅生、洞口信也、中西圭一、新宮虎児で意気投合、高性能サウンドマシーン、ゲロGこと「ゲロッパ1600GT」を結成。
●静岡のクラブ、福生のライヴハウスにてライヴを行う。
人間ジュークボックス宣言により、CK'S時代に演奏禁止とされていた『踊り子』『右手のあいつ』、さらにCOOLS R.C.、ダックテイルズ時代の名曲の数々を解禁!オールドファンを泣かせた。しかし、新曲「けむり」で一気にドン引きするファンが続出。状況は混沌とし、新旧ファンの間で論争が巻き起こる。
●小野瀬雅生の発案でバンド名をCKBこと「クレイジーケンバンド」に変更するが、これと同時に新宮虎児が脱退。


その他---------

●横山剣、新宮虎児が、CRAZY KEN RACINGとして筑波サーキットのシングル・レースに参戦。
予選をクリアした参加32台中、横山(HONDA CBX250S)が18位、新宮(SUZUKI NZ250S)が24位という初レースとしてはなかなかの好成績であった。その後、D.O.V.E.R.レースに参戦すべく2サイクルのYAMAHA R1Z 250に乗り換えた横山が練習走行中、CXコーナーで転 倒。後続マシンに轢かれ、救急車に運ばれるというアクシデントに見舞われ引退。以後、監督に専念。新宮は非力なNZから、戦闘力の高いライムグリーンのKAWASAKI CS250(但しチャタリング多し)に乗り換え、以後、メキメキと腕を上げ、あともう一歩で表彰台に手が届くほどに成長した。


1997年度CKBラインナップは以下の通り。
 (1997 part 1) 横山剣(vo)、廣石恵一(ds)、
 小野瀬雅生(g,key)、洞口信也(b)、中西圭一(sax, fl)、
 新宮虎児(g)。
(1997 part 2) 横山剣(vo)、廣石恵一(ds)、
 小野瀬雅生(g,key)、洞口信也(b)、中西圭一(sax, fl)。